第2章
神様との出会い
大胆で向こう見ずな行動
何人かが集まって中国から脱出する方法について話し合う秘密の集会を開くようになりました。わたし達はだれかふたり(わたしはそのうちのひとりでした。)が南に行って中国から脱出する方法を見つけ、その抜け道を他のメンバーに教えることに決めました。
パートナーと私はかなり大胆で向こう見ずなことをしました。わたし達は汽車に乗って広州まで行き、そこでお金を払えば国境を越える道を教えてくれるガイドを探そうとしました。しかし、ガイドは見つかりませんでした。実際沢山のガイド達が難民を装った共産党軍兵士に捕まえられ、みせしめとして処刑されていました。そこでわたしたちはガイドなしで深曙Vまで行って命がけを承知で夜中に国境を越えることに決めました。私達は信仰をもっていませんでしたが、深曙Vに行く前夜になにかとてもいやな予感がしていました。第六感でトラブルに巻き込まれそうな気がしたのです。私のパートナーも同じように感じていました。この予感をどれほど真剣に受け止めるべきなのか私達にはわかりませんでした。わたしは古代中国の記録から人は霊的なことを感じる能力を備えた魂を持っているので戦の時に霊的知覚が重要であることを知っていました。(聖書でも人は霊を持っているといっています。)しかし、わたしたちはこの原理があまりよくわかっていなかったので単なる胸騒ぎだということにしてそれ以上考えないことにしました。
次の日、わたしたちは深曙Vに向けて出発しました。汽車が深曙Vに着いた時、わたしたちの運命はもはやここまでだと思いました。深曙Vはいたるところ有刺鉄線が張り巡らされ、兵士たちに監視されていました。乗客が下車して通行証を取り出し始めました。わたしたちは香港へ向かう人ごみについて行こうとしました。ほとんどの人が通行証を持っていましたが、わたしたちは持っていませんでした。そこでわたしたちは人ごみを離れて村へ行く道へ向かって進みました。少し行ったところで、私達の前に、ひとりの男性と小さな男の子が3,4人の兵士に取り囲まれて通行証をチェックされているのが見えました。兵士達が忙しくしている間にその脇をすり抜けようとしましたが、ひとりの兵士に気づかれ、呼び戻されました。わたしたちが通行証を持っていないことがわかると、彼らは身体検査を始めました。運悪く、わたしはまさかの時の自衛のために猟刀を持っていました。彼は威嚇的なステンレス・スチール製のナイフをわたしの顔に突き付けて、何のためにこのナイフを持っているのか尋ねました。わたしはスイカを切るためだと言いました!明らかに彼はわたしの話を信じませんでした。私達は捕らえられてその男性と男の子と一緒に監獄へと追い立てられて行きました。
牢獄は小さな家で次から次へと重ねられた重い防御柵で囲まれていました。監獄へ近づいていく間に脱獄計画を立てるために周りの様子をじっくり観察しました。遠く離れたところからすでに太い鉄格子のうしろから覗いている人々の顔が見えました。いたるところに兵士が配置されていました。彼らの動きと銃を取り扱う様子から、彼らがとてもよく訓練された軍人であることがわかりました。わたしたちは牢屋に監禁され、指揮官が私達をどうするか決めるのをずっと待っていました。時が永遠のようにだらだらと過ぎて行きました。囚人の間では私たちはおそらく処刑されるだろうとささやいていました。
神様との出会い
ひとは死に直面すると賢明になり霊的なことに敏感になります。わたしは座ってこう考えていました。”わたしはまだとても若いけれど、もうこれでおしまいのようだ。夢も野心も希望も全て終わってしまうのだ。両親がわたしに何が起こったかを知ることすらないだろう。”わたしはまた考えました。”人生っていったい何なのだろう?わたし達は何のために生きているのだろう?”わたしはいささか絶望的になって自分にこう言いました。”よし、もうぼんやりと座ってはいないぞ!どうせ死ぬなら戦って死んでやる!兵士が私を撃ち殺す前に何人かを道連れにしてやる!”そうしてわたしはどうしたら銃をひったくれるか、ひとりの兵士の動きを観察し始めました。
突然、一羽の鳥が私の頭上を飛んでいきました。わたしは青い空を見上げて、そこに神様はいるんだろうかと思いました。神様は本当に存在するのだろうか?多くの人が感情的な理由で神様を確かに信じていますが、もし本当に神様がいたらどうだろうか?もしそうだとしたら、わたしは人生で大変な見当違いをしていたことになります。神様が存在するかどうかどうすればわかるだろうか?さて、ここで神様がわたしを救うことができるかどうかを知るチャンスがわたしにやってきました。
わたしは神様に要求する権利などないことがわかっていました。わたしはクリスチャンではなかったですし、クリスチャンは弱くて愚かだと考えていました。教会の長老がかつてわたしにキリスト教について話しをした時、彼の論旨を覆すのを楽しんでいました。彼が彼の主張を弁明できなかったことが、クリスチャンは感情的にも知的にも弱いという私の信念の確たる証拠だと思っていました。それはわたしにとって神様が存在しないということの証明でもありました。しかし、わたしは間違っていました。長老が彼の主張を弁明できなかったからといって、弁明すべき主張が存在しなかったということにはなりません。わたしは結局、愚かだったのは長老ではなく、自分だったということに気が付きました。結局プライドと自信でいったい何を成就することができたというのでしょうか?ここにこうして石の上に座って命が屈辱的な最後を迎えるのをわたしはただ待っているだけでした。
わたしは顔を上げて、どうしたら神様を知ることができるのだろうかと考えました。しかし、わたしはかつてクリスチャンをあざけっていたので神様は私に口などきいてくださらないだろうと感じていました。お祈りすらしてみるべきではないかもしれません。しかし、わたしはまた誰かを知るためにはその人と話してみる他に方法はないという結論に達しました。この人生の原則は人に適用できるので、まちがいなく神様にも適用できるはずです。神様に語り、語られる時、神様を知るようになります。そこで、わたしは自分にこう言いました。”とにかくどこからか始めなくては。もし神様が存在するならば、わたしが話しかけた時、おそらく応えてくださるだろう。”
わたしは天国の扉をノックしていました。わたしはお祈りの仕方すら知りませんでした。しかし、神様に対して正直でなければいけないと思い、こう祈りました。”ああ神様、もしあなたがそこにおいででしたら、あなたが現存している神様でしたら、もしあなたが本当に現実にいらっしゃるのでしたら、今ここにこうしてあなたのもとに来て、わたしを牢獄から救い出してくださるようにお願いします。もし、あなたがわたしを救い出してくださらなければ、わたしは明日死んでしまうでしょう。確かに、このような混乱の中にあってあなたを呼び求めなければならないことを恥ずかしく思っています。また、わたしは自分が望むからといって救われることはできないとわかっております。ですから、もしあなたがわたしを牢獄から助け出して、命を救って下さるなら、わたしはあなたが現存する神であることを知り、残りの人生をすべてあなたに奉仕し、あなたのために生きることを約束します。”もし神様が本当に存在するなら、神様を知り、神様に仕えることは素晴らしいにちがいないと感じていました。これであなた方は何故わたしが証しの初めに、わたしがクリスチャンになったことと私が神様に奉仕することを切り離しては論じられないと言ったのかがお分かりになったでしょう。神様のもとにきた瞬間にわたしはすでに残りの人生をすべて神様に奉仕することを誓ったのです。
その祈りの後、わたしは何を期待すればいいのかわからずに座っていました。それから何かが起こりました。わたしは天国が開くのを感じました。わたしは神の御前に立っていたのです!わたしはいかなる経験も探し求めてはいませんでしたが、神様が私を包み込んで下さっていることがわかりました。ゼカリヤ書第2章5節で主はこうおっしゃています。”わたしはその周囲で火の城壁となり、その中で栄光となる。”その時わたしはまったくこの聖句のことを知りませんでしたが、それはまさにわたしが経験したことでした。わたしは心に喜びが溢れ、気が狂ってしまうのではないかと思うほどでした。わたしは喜びのあまり飛び跳ねたい気分でした。いまだかつてこんな気分になったことはなく、まるで酔っ払ったかのようでした。
聖霊降臨節の気分がわたしには理解できます。使徒たちがあまりにも喜びに満たされていたので、他のひとびとは彼らが酒に酔っているのだと思いました。わたしの顔は喜びで晴れやかに輝いていたに違いありません。というのも、私と一緒に捕まっていたパートナーがどうしてそんなにニコニコしているのかとわたしに尋ねたからです。ちょうど神様に出会ったところだからだと彼に言うべきだったでしょうか?わたしは何と答えてよいのかわからず、ただ何もかもうまくいくから大丈夫だと彼に言いました。彼は”大丈夫ってどういう意味だい?僕たちは銃殺されるんだぞ!”と言い返しました。わたしが彼に大丈夫だと繰り返せば繰り返すほど、彼はもっと怒りだし、大きな声でどなったので、とうとう兵士のひとりが”静かにしろ!話をしてはいかん!”と言いました。
神様との出会いがあまりにも深遠だったので、わたしには奇跡が起こったのだということがわかっていました。わたしは、この経験はいったいどういう意味だったのだろうかと自問し始めました。それはつまりこう言う意味でしかありえませんでした。神様が私の祈りに応えて私を牢獄から救い出してくださるということです。わたしがこのことを考えている間に李司令官が小さな男の子を連れて逮捕された男性と一緒に戻ってきました。彼はその男性の尋問を終えたばかりでした。兵士が牢屋の扉を開けて、男性を中に押し入れ、ドアをバタンと閉めました。この男性は、おそらく40代だと思いますが、わたしほど重大な罪など何も犯してはいませんでした。武器も持っていませんでしたし、小さな男の子を連れていただけなのです。それなのに神様が自分を牢獄から釈放して下さるなどと考えるのは大胆すぎたでしょうか?
尋問
わたしは尋問に呼ばれました。士官がわたしを一角に椅子がひとつ(そこにわたしは座るようにと言われました。)ともうひとつの角に机と椅子(そこに士官が座りました。)があるだけの部屋に連れて行きました。わたしは士官と顔をつき合わせるほど近くに座ろうとして、椅子を持ち上げて彼の方に歩いていきました。すると彼は銃を引き抜いてもとの場所に戻るようにとわたしに命令しました。
彼はわたしに沢山の質問をしました。わたしは何をしていたのか、なにか秘密のグループに所属していないか、何故香港に入ろうとしていたのかなどです。
わたしは答えて言いました。”正気な人間で誰が香港に行きたいと思うでしょうか?あまりに生活が苦しかったので、わたしはただ深曙Vですこしお金が稼ぎたかっただけです。”彼がいいました。”単刀直入に聞くが、もし香港にいくチャンスを与えてやると言ったら、行くか?”わたしは、”もしそのように聞かれるならば、わたしはハイと答えます。申し出をお受けします。でも、何故そんなふうにおっしゃるのですか?”
彼は何ページもの報告書を書き留め、終わった時にその書類に指紋を押捺するようにわたしに命令しました。わたしは自分の告白文を読ませてもらえないなら押捺はしないといいました。しかし彼はわたしがそれを読むことを拒否しました。それでわたしは彼にいいました。”わたしは自分の死刑執行礼状にサインすることになるのでしょう?”
彼は言いました。”それは君次第だ。押捺するのかしたくないのかどっちなんだ?”
わたしは勝ち目のない状況に追い込まれました。いずれにしても銃殺されてしまうのです。それでわたしは指紋押捺しました。わたしは部屋から連れ出され、それから彼はわたしの友人を呼び入れ”君の友達は何もかも自供したぞ。これが告白文だ。読め!”と言いました。わたしの友人はそれを読んだ後、青ざめて言いました。”なんだって?これを全部自供したのか?”わたしの運命は決まっていました。いまでもまだわたしは自分が何を”自供”したのかはっきりとはわかりません。それでわたしは申し立てにより中国で教会のリーダー達が書いたとされるいわゆる告白文のことを聞くといつも慎重になるのです。
わたしの友人はわたしが秘密組織のメンバーであることやあれやこれやのことをしたと自供していたと教えてくれました。わたしがやったと申し立てていたことは3回射殺されるのに十分なほどでした!わたしたちは銃殺されるのを待つこと以外何もできませんでした。わたしは告白文を自分の指紋ですでに批准してしまっていたのです。神様はいったいどのようにわたしの祈りに応えてわたしを牢獄から救い出してくださるのだろうかと思い始めていました。
夜が来てもまだ私たちは食べるものを何も与えられていませんでした。士官が来た時、わたしはついにその時がきたかと思いました。しかし彼は私たちを夜の間小さな部屋に閉じ込めておきたいだけでした。次の朝、彼はまたわたしたちを監獄の庭に連れ戻し、わたしたちは再び同じ石に腰掛けて待ち続けました。午後になって、士官が私を呼んで言いました。”よく聞け。君を投獄することも銃殺することもしない。駅に連れて行って汽車に乗せてやるからここから出て行きなさい。広州に戻ったら、もう二度と通行証なしでここに戻ってくるんじゃないぞ。”わたしは自問しました。”夜の間に何か起こったんだろうか?何故彼はわたしからわざわざ告白文まで手に入れたあとにわたしを釈放するのだろう?これは罠だろうか?”
彼はわたしを鉄道の駅まで行進させ、汽車に乗せました。広州に着いた時、わたしを待っている兵士はいませんでした。わたしは自分にこう言いました。”やった!これは本当だ!自由になったんだ!いったい何が起こったんだ?”いまでもまだいったい何が起こったのかわたしにはわかりません。わたしは共産党の新生中国のもとで7年間生きて、彼らのやり方に慈悲や親切などないことを知っています。神様が夜の間にこの司令官に何かをして下さったに違いありませんでした。
さらに、その司令官はこの出来事をわたしの公安手帳に記録すらしていませんでした。中国を旅する時、行動記録を記入する小さな手帳を携帯しなければなりません。例えば、もし上海から広州に旅すると、到着した時警察にその旨を届出なければならないのです。わたしの手帳にはわたしが危険な武器を持って許可証なしに深曙Vの立ち入り禁止地区に入り、逮捕され、死刑かあるいは少なくとも重労働の刑に値する罪を犯したことを自供したと記録されていなければならないはずでした。そんなことがひとつも書かれていなかったことは全く驚きでした。なぜならあの士官は深曙Vの彼のファイルにはその出来事の記録を書き留めていたはずだからです。しかし、彼はわたしの手帳には何も書いていませんでした。もし、彼が書き留めていたら、わたしは今日ここで皆さんの前に立ってはいなかったでしょう。反革命分子としてブラックリストに載せられ、中国から出ることができなかったはずですから。これは わたしが初めて経験した奇跡でした。
神様はわたしを貧乏のどん底へと引き下げられた
上海に戻った後、わたしはある問題に突き当たりました。それはわたしが残りの人生を全て神様に奉仕すると約束したことでした。わたしは本当ににっちもさっちも行かなくて困りました。この約束はやりすぎだったろうか?多分もう少し易しいことにするべきだったろうか。例えば、残りの人生全て、毎週日曜日教会に行きますとか!多分、全てのことは単なる偶然だったのかもしれない。多分、わたしが釈放されたのは人間にも説明がつくことだったのかもしれない。たとえそうだとしても、あれはたしかに奇跡に他なりませんでした。
上海での生活はどんどん苦しくなっていきました。非常に寒くなってきました。両親がどこにいるのか全く検討がつきませんでした。お金も底をついてきていました。友人達はわたしから借金を申し込まれるのをおそれてみんなわたしから離れていきました。ほどなくしてわたしにはひとりも友人がいなくなってしまい、残ったのは掃除夫の息子だけでした。以前羽振りが良かった頃、彼がとてもいい青年だったのでわたしは彼と友達付き合いをしていました。しかし、わたしの父は無教育な労働者階級の男の息子とわたしが交際していることをきまり悪く思っていました。とうとう最後に彼がわたしの唯一の誠実な友人だったことが証明されました。彼はわたしが外で眠らなくてもすむようにと倉庫に泊まらせてくれました。わたしはどんどん貧しくなっていきました。食べる物を手に入れるために時計など全ての所持品を売り払いました。これでなんとかあと1,2ヶ月生き延びることができました。
神様がわたしを取り扱っておられました。神様はわたしを貧乏のどん底へと引き下げられました。それはまさに文字通りどん底でした。なぜならわたしはひとびとが洗車するのに使う屋外の水道で食器を洗わなければなりませんでしたから。着替えがなかったので服を洗うことも出来ませんでした。わたしの白いシャツはだんだん黄色くなっていきました。わたしはまさに放蕩息子の話を体験していました。神様はわたしが砕かれるように権力と地位の最高峰から貧乏のどん底へと引き落とされたのです。
さらなる神様との出会い
わたしは世俗的な友人がわたしを見放したとき、クリスチャンはどんな人たちなんだろうかと思い始めました。わたしは教会への長い道のりを、そこでどんなことが待ち受けているのか全く思いもよらずに歩いていきました。神様はご自身の驚くべきタイミングでわたしをちょうど教会の集会の時に着かせてくださいました。わたしがノックした時、ドアを開けてくれたのはなんとわたしがかつてからかっていた教会の長老でした!彼は私のことを覚えていて”エリック!どうぞお入り!”と言いました。彼がとても親切で暖かかったので、クリスチャン達は何かが違っているなと感じました。わたしはかつて彼らをあざけっていたのに彼らが何故少しも苦々しい思いを心に抱いていないのか理解できませんでした。わたしは最初かれらの親切を楽しんでいましたが、間もなく少し疑り始めました。彼らは何か目的があってわたしを改宗させようとしているのではないだろうか?しかし、あとになってわたしは、もし例え彼らがわたしを改宗させたらからといってお金も財産も何もない男から何を得ることができるだろうということに気が付きました。
クリスマスが近づいた頃、教会のある婦人がわたしに言いました。”もしクリスマスに何も予定がなければ、わたしのところへ教会の家族と一緒にお茶を飲みにいらっしゃいませんか?”
彼女の招待がまたわたしの猜疑心を掻き立てました。しかしわたしはひもじい思いをしていたので彼女の招待を断わることができませんでした。クリスマスの日がきて、わたしは行こうか行くまいか決めようとして、午後の間ずっと苦しみもがいていました。そろそろもう暗くなってきた頃になって、やっと行くことに決心しました。わたしはあまりにも遅く着いたので、他の客たちはみんなもう帰ろうとしているところでした。わたしはきまり悪く感じて”遅くなってすみません。もうおいとまします。”と言いました。しかし、この婦人はどうしてもお入りなさいとわたしに懇願してくださいました。みんなは家へ帰ってしまい、残っていたのはこの婦人とヘンリー・チョイ兄だけでした。
ヘンリーは広東人ですが、上海に長く住んでいました。彼は当時の中国ではまだ製造することができなかった特別なインクや写真の化学薬品などたくさんのものの化学式を組み立てた優秀な化学研究者でした。ヘンリーと話し始めるとすぐに彼がどこか違っていることに気が付きました。彼にはある種の霊的な特質がありました。彼は神様について、また神様がどれほど彼にとって現実なものかということを話し始めました。しかしわたしは彼がわたしを改宗させようとしていると感じたので、だんだんと心を閉ざして彼の話を聞くのをやめました。彼は話し続けましたが、わたしはぼんやりと空想にふけっていました。すると突然いまだかつて経験したことのないような強烈な自覚がわたしの心に生まれました。一瞬のうちに神様の霊がわたしのプライドをわたしに自覚させたのです。さらに主はわたしが監獄で約束したことを思い出させられました。その自覚があまりにも強力だったので、それは真実の問題だということを認識しました。こうして今一度わたしは神様に出会ったのです。
ヘンリーがまだ話をしている間にわたしは言いました。”ちょっと待って!”彼はびっくりして何か悪いことを言ってしまったのだろうかと尋ねました。わたしは”いいえ、そうじゃないんです。今すぐ神様を受け入れたいんです!どうすればいいんでしょうか?”と言いました。
彼は”まずわたしと一緒にひざまずいて下さい。神様は王の中の王、主の中の主ですから、へりくだって神様の御前に出なくてはいけないのです。”
ひざまずいた時、わたしは次に何をすればいいのか彼に尋ねました。彼は”一緒に祈りましょう。心から祈ってください。”と言いました。わたしはどのように祈ったらいいのですかと彼に尋ねました。彼は”心の中にあることをそのまま素直に神様にお伝えすればいいのです。罪を告白して神様の慈悲と救いの愛に感謝してください。”祈り始めた時、わたしはその場所全体がゆれているのを感じました。部屋の中のあらゆるものが、まるでだれかがライトを照らしているかのように眩しく輝いて見えました。わたしは基本的に感情的でない人間ですが、それでもなぜそこら中全てのものがぐらぐらとゆれているんだろうかと思いました。こうして、わたしは主にわたしの人生をゆだねました。なにか深遠なことがわたしの身に起こったのです。わたしの全人生が変えられました。神様がわたしの人生に入ってこられたのです。これがわたしの主との長い歩みの始まりでした。
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